ピンチをチャンスに変える人っているよね〜!
琴もその1人だと思ってる。
なぜなら『ポジティブ』だから😆
困った時は、
「どうしてこうなる?」より、『意味があってこうなってるなら、解決策がある』となります。
世の中全てに対して同じ考え方なので、困ることがありません。
なので、普段の行動での失敗や恐れがあまり無い。
戸惑うことがあっても、気持ちと考え方の切り替えが瞬時に『ポジティブ』に切り替わるので、焦りもあまりありません。
要は、『なるようになるし、なるようにする』タイプ。
そんな琴に対して皇子は、失敗や恐れを怖がるタイプなので、今はさほどありませんが、出会って最初の頃、琴が失敗をすると、今がチャンスとめっちゃ怒ってました。
自分も失敗したくないし、そんな失敗した自分を晒したくない。
なので、人が失敗するのを見ると自分ではないのにイライラする。
その失敗で、失敗した人が誰かに指摘や質されることで、自分に言われているようでムカつく💢。
といった心理状態だったようです。
そんな皇子の心の問題を知ることなく、あるお店に行き、琴がお水をこぼしました。
瞬時に出てくる言葉は、いつも
「なにやってんのよ💢」
いつも怒られる。
お水を拭きながらも怒られる。
その後も怒られる。
貶される。
どれだけ自分が嫌な思いをしているかを全て聞かされる。
注意力散漫・周りを見ろ・周りに迷惑かけるな・俺に迷惑かけるな・面倒なことするな…等など。
最初の頃の琴は、皇子からしたら『全く何も出来ない女』で、そんなやつが何かある事に「ポジティブ」を出していたら、呆れるしかない。
単なる「なんちゃって女」
どうせ出来ないなら、俺の知らないことをするな!ということ。
かわいい😍とか少しでも皇子的に気に入るところがあれば違ったかも知れません。
だがしかし、まるっきり1ミリも0.0000000…1ミリも無い。
友達にもなることのない、なる必要のないタイプのやつが、いきなり能力云々でパートナーだと言われ、一緒にいなくていい時間を付き合わされている感覚なら、少しでも問題なくスムーズに事を終わらす!
ここに徹しますよね(‾▽‾;)
ということから、琴は怒られまくってましたが、その時も、
「お水くらいこぼしたっていいじゃん🎵」と楽観的でした。
この楽天家が、これぞ『火に油を注ぐ』ということになります。
『その「お水ぐらい」の気持ちがもっと大きな出来事なら、大変なことになっている!自分の考えで全てが片付くと思うな!自分の行動で迷惑がかかっている人がいることを忘れるな!それを見ていて不快にしか思わないやつもいることを忘れるな!』
という怒りよう(‾▽‾;)
今はもう「琴のポジティブ」さは毎度のことで、皇子も大抵のことでは怒らなくなりましたが(‾▽‾;)
まだまだ『分かりたくない!』『分かることがない!』と頑なです。
ですが、最初は戸惑っていたことでも、毎日一緒にいて、毎度『魂の話』を仕事としてお客様を通して聞かされる。
そんな毎日から、何かを掴んだ様子。
自分の中に『無かった』何かが反応しているようです。
そこに意識を向けようとしている皇子がいます。
これが、視点を変えれば、『何も戸惑うことがない』ことになります。
むしろ、その目に見えない戸惑いを覚えた時が『チャンス!』
何が『チャンス』かというと、自分の魂が知らないことを知るチャンス。
このチャンスを逃し、また同じことを繰り返す。
この『繰り返し』が、実は『魂からの警告』であり、『ピンチ』です。
『もうそろそろラストチャンスが近いよ〜』というピンチ。
ここまで来るまで何回も何回も「同じようなことで『失敗』している」はず。
それに気づかないでいると、そこでの失敗は、『もう既に旬が過ぎた気づき』になります。
その後、一生『気づかないまま』失敗し続け、「いつもこうなんだ〜(^_^;)」で終わる人生を送ります。
この人生はどこで報われるかと言うと、『来世』。
それは、いつどこでどのような形で報われるかは分かりません。
ですが、「必ず」クリアしなければいけない『魂の学び』なのであれば、それは確実に『経験』させられます。
これを知ってかどうかは分かりませんが、皇子の口から、
「なんでいつも失敗するんだ?」という一言が漏れていましたw
これが『魂の学び』のチャンス!
琴は、今の魂が知らないことを知るために『今生きている』ということを知っているので、『えっ?』と思うことや『マジで?』と思うことや『へぇ〜?』ということ。または、「なんで?」や「どうして?」と思うことは、『知らないことを知るチャンス』として、知るようにしています。
それでも覚えられない時は、全て皇子に託します(*´艸`)ププw
そして、皇子を見て覚えます。
皇子が教えてくれない時は、また知っている人に聞きます。
どんなに『魂が学ぶべきこと』が目の前にあっても、それを覚えられない時は、また別の形で覚えられる機会やきっかけがあると知っているので、そこから解決しようとします。
これが、琴の魂の『ピンチをチャンスに変える』という言い方をします。
このようなことから、実は、皇子も琴を介して『魂の学びのピンチをチャンスに変える』ことをしているのかも知れません。
そう思えば、皇子はいつも『ヤダ』『やりたくない』『めんどくさい』を言いますが、それは琴に対しての『文句』だと思っていましたが、実は『自分の知らないことを教えて欲しい!』というヘルプでは?と思い始めました( *¯ ꒳¯*)✨(超ポジティブ💕)
ならば、互いに『魂の学び』の経験をしたらいいだけ。
自分だけが学び経験している訳ではなく、必ず『対象』があることで知ることができます。
相手が怒っているのであれば、それは、
「魂が知らないからイライラする」
相手が焦っていても同じ。
ならば、知っている琴は、それをどう克服したかも知っているので、『自分の経験を元に言うだけ』
これが知らないうちに「教える」になっているなら、続けるだけ。
ただ、この「教える」は、琴の魂がわかり良いように教えられた方法なので、必ずしも皇子のためになるとは限りません。
この「教え」を、皇子なりの『理解』するための言葉ややり方に、『皇子が変える』ことが大切です。
皇子には皇子の魂の学び方 知り方があるからで、これが『皇子の魂の経験』になります。
みんな個々が持つ『感性』や『個性』ですね^^*
これからも、怒り 憤り は『魂の叫び』として受け止めようと思います^^*
他の人に対してのものは、琴はまだまだあまちゃんなので分かりません。
ただ目の前にあることは、学びの対象だということ。
なので、皇子をじー( ⚭-⚭)と観察!
(ある意味怖い((((;゜Д゜))))
という琴が、一番厄介で怒りっぽいかも知れない(‾▽‾;)w
朝目覚め越しにこんなメッセージが来ました。
『あなたの言葉の使い分けはあなただけのものであり、万人受けはしない。だが、この言葉の使い分けこそあなたには必要』
神様何をいってるんですか〜?
何がいいたいんですか〜?
と考えた時に出てきた時のが、
『ひらがな』『カタカナ』『漢字』という文字。
そんな出来事からのお話。
普段使っている『言葉』
皆様、必要に応じて『ひらがな』『カタカナ』『漢字』と3つの言葉を使い分けます。
何故『3種類』の言葉を使い分けるか、「必要に応じて」しか琴は専門家では無いので分かりません。
ですが、時折必要な時に降りてくる『天からの声』も、『ひらがな』『カタカナ』『漢字』と使い分けてきます。
例えば…
『こころ』という言葉。
ひらがなも『平仮名』と漢字で書くよりも「優しい」感じがするように、『こころ』も「心」と漢字よりも、より身近に感じます。
このように、天からのメッセージでは言葉の種類の使い方で、『魂への響き方』が違い、伝える人にとってより響きやすい言葉で降りてきます。
ひらがなの『こころ』の場合。
寂しさや自分を表現出来ない、素直になりたいのになれない・芯の自分に対しての思いや情緒等、優しさに触れたい時や心に染み込ませる言葉で表現したい時には、『ひらがな』で降りてきます。
もっと自分らしく素直でいい。という時には『ひらがな』
カタカナの『ココロ』の場合。
少し自分とはかけ離れた感じ感触でありながら、ちゃんと「自分」と繋がっている自分の中にある「コトバ」であり、関係性が強く自覚してほしい時は、『カタカナ』で降りてきます。
別のような感覚がありながら、実は「ひとつ」ということを思い出して欲しい時には『カタカナ』
そして、漢字の『心』の場合。
一心同体。自らの『意思』としてちゃんと芽生え、自覚を持って『生きる』『生き様』『生きがい』のように、「魂との約束」として捉える時には、『漢字』で降りてきます。
あなたの気持ちと魂とは繋がり、約束されています!という時には『漢字』
単なる『とらえかた』なのかも知れません。
ですが、日本で生まれてこの地に住み、周りとコミュニケーションを取って生かされているなら、それは『言葉』でのコミュニケーションが大きな位置を示します。
なら、目の前にある日本特有の『3種類の言葉』の使い分け、使い方での表現で、もっと自分の中の言葉の理解の幅は広がるのでは?
と思いました。
琴が、心からの言葉で『こころ』と伝えても、漢字しか思い浮かばない人は『心』と捉えることで、その人の気持ちの『心』には、琴の『こころ』の意味が届かないかも知れません。
ですが、文字にしてひらがなの『こころ』と伝えることで、優しい感じや思いやりを感じてくれた人がいたなら、それは漢字の『心』ではなくひらがなの持つ柔らかい『こころ』で、感情に触れたのだと思います。
このことから、天からの言葉だけでなく、人との声のコミュニケーションや文字のコミュニケーションのブログでの『言葉』も大切だと切に思います。
外国の方には分かりにくい『わびさび』
その風習や環境は人によって違いますが、日本古来からの感覚の懐かしさには、その時代の古き良き時代を「わびさび」から感じ取ることができます。
そんな感覚が、日本という土地に生まれ、そこには意味深い日本人特有の『優しさ』や『思いやり』が「心からの言葉」で「わびさび」の感性と一体になることで、より伝わる。
そんな気がします。
これを今持つべき感性で、その言葉で伝えるのが、琴の『魂からの言葉』だと思いました。
何年何百年。時には何千年と旅をしてきた『魂』に根付いている経験を元に生かされている今。
自己満でも、自分なりの良い言葉で相手の言葉をとらえることや、自分でわかり良い種類を選んで、心に響かせる言葉があっても良いと思います。
そこには、『その言葉の意味を変えない』という法則がありますが、ちょっとだけ視点をズラし、『漢字』を『ひらがな』に変えることで見えてくる世界から、自分の考え方の見直しができ、理解が深まります。
この感覚は琴だけのものであり、人それぞれだと思いますが、とても良いお話を聞いても分からない時や何度も同じフレーズが出てきた時、「ひらがな」「カタカナ」「漢字」と実際文字に起こした時に『わかる』何かがあるかもしれません。
実際耳に入ってきた言葉で『?』に思った時、その時こそ『自分にとって必要な言葉』が『今の魂にとって必要な言葉』と言われています。
今日も、今日『必要な言葉』があります。
それが、『これから』も必要になり大切な言葉になるかも知れません。
それを見逃さず聞き逃さず、『琴にとっての魂が必要とする言葉』が目の前に現れるのを楽しみに過ごそうと思います^^*