『八上姫(やがみひめ)』は、大国主命の最初の妻になった神様です。
ヤガミヒメには、ある物語があります。
ヤガミヒメが発した一言で、自らの人生を左右する出来事が起こる。
そのような内容が伺えます。
一度は大国主命と夫婦になりながら、一度も一緒に暮らすことなく、大国主命の子を産んだ『ヤガミヒメ』
そんな『ヤガミヒメ』から琴が聞いたお話✨
無理なお願いをされた時、人はどう断るか考えます。
すでに決まっている答えを素直に言えないから考えるのです。
素直に言えないということは、相手にとって気持ちが良くない言葉ということ。
ですがそれは、少しの気遣いで相手の気持ちを害する言葉から、思いやりあるものに変わります。
気遣いが出来る場面というのは、そうそう出会えるものではありません。
これもご縁。
このご縁を大切に長く続けるためには、いつでも気遣いと思いやりはとても大切です。
どんなに身近な存在でも、いつでも変わりなく、気遣いと思いやりで接することの出来る自分でいられますよう心から願います。
とのことです✨
『豊受大神(トヨウケノオオカミ)』は穀物の神様であり、伊勢神宮外宮に祀られています。
天照大神の御饌津神(みけつがみ)とされ、丹波国より遷宮させたとされます。
※御饌津神とは、食物を主宰する神
ある日、丹波国の泉に天女が舞い降り水遊びをしていた。
それを見ていた老夫婦が一人の天女の羽衣を隠してしまう。
羽衣を隠された天女は天に帰れなくなり、老夫婦の養女となる。
この天女が『トヨウケ』です。
トヨウケは酒作りが上手く、その酒が高く売れて老夫婦は大金持ちになる。
当時の人にとって米と酒は一番大切な食べ物。
このことからトヨウケは穀物の神様とされたとしています。
そんな『豊受大神』から琴が聞いたお話✨
食べること。
それは『生きること』です。
どんな偉いものも貧しいものも食べなければ生きていけません。
生きていくために一番大切なものを欠かしてはなりません。
また、欲張り無駄にすることは天にも自分にも罪なこと。
人は必要なものを全て準備されています。
衣食住全てが生きるためには必要ですが、食べ物がなければ生きていけません。
また、食べることが出来なくなった時、人は死を迎えます。
与えられたものを与えられた分だけ食す。
与えられた運を与えられた分だけ全うする。
食も運も同じこと。
そこに憂いを持ち我欲を出すことでバランスは崩れ、真っ当な生き方が虐げられます。
そうならないよう自らを管理し、与えられたものに感謝すること。
自らを生かすことは、自らを管理することと同じ。
食は血を作り身体を動かす。
食は身体を作り思考を働かせる。
食は思考を働かせ自分を動かす。
そして交流はここから生まれ、縁は繋がる。
心に良い食で、人に優しく自分も穏やかに整えた時に出来た縁は信頼になります。
心が乱れているものは食も乱れ荒んだ縁しか手に入りません。
食は神聖なもの。
神聖な食は穢れを祓います。
正しい食で自らを生かす。
自分を大切にするということは欲のない生き方をすることです。
ということです✨
美味しいものが溢れている今の世の中。。。
自分にとって正しい食を見つけることが難しく思えます😅
『少彦名命(すくなびこなのみこと)』は、
大国主命(おおくにぬしのみこと)と兄弟となり共に国を作った神様です。
様々な薬や酒、温泉を作った神様でもあり、医療の神、酒造りの神、温泉の神とも呼ばれています。
容姿の小ささから一寸法師の原型となったとも言われています。
大国主命の右腕で、大国主命から大変信頼されていました。
ですが、国作りに様々な功績を残したスクナビコでしたが、突然大国主命の前から去ってしまいます。
スクナビコは高天原に帰る期限が迫っていたからです。
スクナビコが去ってから大国主命はたいへん苦しみ、どうして良いかわからなくなりましたが、最後まで諦めず国作りに取り組みました。
スクナビコが最後まで大国主命と国作りを共にしていたら、大国主命に自信は持てなかったかもしれませんが、スクナビコが国作りの日の目を見ないまま去ることで、互いの信頼と慈愛を信じることで最後の仕上げを大国主命が一人で仕上げ、確固たる自信を付けたと言われています。
スクナビコは国作りに貢献をしましたが、大国主命が国作りをしたと手柄をとらせる形にしたのです。
自らが始めたことでありながらも、相手の手柄にする。
実権を握ることに使命を持ちやすい昨今、No.2としての仕事を、真摯に全うする責任の持ち方というものの意味を教えてくれているようです。
そんな『少彦名命』から琴が聞いたお話✨
一人一人与えられた仕事には、一人一人に必要な行動と考え方が与えられている。
リーダーとして先頭に立つ者
サポートとして案を出す者
与えられたもの以外のことを無理してやるより、得意なものを持っているものがチームを組むことで計画は着々とこなすことが出来る。
そのためには相手を思う思いやりが大切であり、また自身の持つ『自信』と『意見』が大切になる。
互いにその時の考え方を受け入れた時、想像以上の結果を出せる。
理想ばかり追いかけ我を通し勝手な考え方と行動で場を乱していることに気づかないものは、仕事はもちろん人からの信用信頼も無くなる。
それぞれの思い、それぞれの考え方、それぞれの相手に対しての敬意をいつも持つ。
心構えとは、いつも相手がいてこそ役に立つ考え方を自らが備えておくもの。
自らが成長するためのヒントは、いつもそばにいるものが持っているということを忘れぬように、他者が身勝手でも自分に対しての確固たる自信を心構えとして持てる自分を目指すことが何より大切。
とのことです✨
『カムヤマトイワレヒコノミコト』後の『神武天皇(じんむてんのう)』です。
今回は『神武天皇』のお話✨
生まれながらにして明達で強い意志を持っていた『カムヤマトイワレヒコノミコト』は、十五歳で皇太子になり、四十五歳で兄達を連れ東征に向かいました。
その後、大和国を平定し紀元前660年、2月11日に即位、初代神武天皇となりました。
これが【建国記念日】の日になっています。
神武天皇の神武は、
『むやみやたらに人を殺すことが武ではない』という意味を持つ神武があります。
また、即位した際に述べた言葉に自我とは何か?を問うものがあります。
『自分が正しいと思うことを人に押し付けてはいないか?また、自分が正しいと思わないことを受け入れることが出来るだろうか?
この事を自我という。
そして、もし自我があったならば鏡にその姿を映し、我を取り除きなさい。
【かがみ】から【が】を取り除けば【かみ】となる。』
神武天皇から今の天皇まで、この掟が守られています。
悪いことを考えたりしているときは【鏡に映る自分を見なさい】と言われたり聞いたりしたことがあると思います。
鏡に向かうことは、時に反省したり正したりと、いつもとは違う変化を自ら気づくための行動でもあります。
また努力せずに我を通してる自分に気づくことでもあります。
そして、この時の気づきは自らが持つ「神なる自分」の気づきとなります。
『人を羨ましがらず褒め、感情で接することなく感謝する』
そんな気づきが自分の心の中にあります。
感情の波に飲まれそうになっていたり、心乱れる時は、自分の心に問いかけ気づくことに【鏡】を用いてみるのも良いですね😊
『アマノウズメノミコト』で有名なお話は、「天岩戸」のお話。
弟スサノウの傍若無人な行動にショックを受け、天岩戸に隠れた天照大神。
その天照大神を天岩戸から引き出すためにアマノウズメは体を張って踊り出し神々の笑いを誘い、天照大神を天岩戸から引き出すことに成功したという。
この時、天照を岩戸から引き出し縄を張ったのが『注連縄(しめなわ)』
天照が神々の笑いが気になり岩の隙間から外の様子を覗いた時に使った鏡が、3種の神器のひとつ『八咫の鏡』です。
そして、これら一連の出来事が『祭』の始まりと言われています。
祭とは、穢れを祓う神事です。
この穢れとは『怒・苦・悲・憂・恐』の感情で、この感情こそが問題を起こす根源であり、この感情を取り除くことこそが【祓いと禊】であると言われています。
祭りでは踊りと歌、そして笑顔がありますが、この状態を「清らかな状態」と言います。
【祓いと禊】で清らかな状態にすること。
これがお祭りが神社で行われる理由のひとつです。
ではここから、『アマノウズメノミコト』から琴が聞いたお話✨
人はいつでも顔明るく心豊かに、常に朗らかであるもの。
心の本気は、時には厳しく相手の心を揺さぶります。
ですが、本気が響いた時には必ず浄化が始まり、それが涙となり心の安らぎを得たとき、人は笑顔になります。
辛く苦しい時には、穢れが心を蝕み笑顔が消えます。
いつ何時でも心が豊かであることは、人も自分も救います。
笑顔でいること。
笑顔があること。
幸せとは心が持つ『本気』の思いから得るもの。
嘘偽りの無い穢れなき思いが自分も人も幸せにします。
いつ何時も笑顔でいることを大切になさい。
いつ何時も笑顔を見られることに感謝しなさい。
その時あなたは幸せに気づき、相手も幸せなのだと噛み締めることでしょう。
とのことです✨