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琴・皇子のつぶやきブログ

2022/02/24
【神様のお話】千手観音からのお話  

たくさんの手を持ち、またその手のひとつひとつに意味がある千手観音。

 

観音菩薩が一切の衆生を救うために千の手と千の目とを具(そな)えることを願い得た姿と言われています。

 

千手観音は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊です。

シヴァ神などの神々の異名を持つ者であり、観音菩薩の変化神と考えられ、六観音の一尊でもあら千手観音。

 

千手観音から琴が聞いたお話✨

 

人はひとつひとつのものを大切に受け取るために両手がある。

 

人が受け止められるのは「ひとつ」のもの。

 

右手左手、両方がありふたつのものを手にすることが出来るが、片方にはひとつしか受け取れない。

 

これは、多くのものをいっぺんに受け取っても理解できるのはたったひとつということ。

 

ひとつを大切に出来ないものは、多くを理解することは出来ないということ。

 

欲は多くのものを手に入れようとすると、エゴに変わる。

 

だが、ひとつのことに執着することで、それは意欲に変わり自分を整えていく。

 

例えば「食欲」をあげよう。

食べるだけ食べ、食欲を満たすことは誰しも出来る。

だが、食欲を満たすためにバランスの良い食事を求めることで身体に良い効果をもたらす。

生きるための活力が手に入る。

このことで心も身体も満たされ、過不足ないエネルギーを存分に蓄えバランス良くエネルギー使うことになり、爽快感を得る。

 

逆に欲を満たすために得た食事は、身体に違和感をもたらす。

食べ過ぎて苦しいという経験を得る。

そうすることで、取り過ぎたエネルギーは身体を動かすことより休めることに意識が捉われ、動きを制限し、エネルギー自体を身体の内に収め意識の中に取り込まれる。

要は身体の機能そのものが、動作を取ることを諦め、動きそのものを拒否する。

 

人が与えられるエネルギーには限界があり、その限界を越えることで、過不足のない状態まで調整出来るまでの準備をする。

本能で身体の動きを止め休む選択をする。

 

その欲のひとつが煩悩となり、求めすぎるとエゴとなる。

 

生きるとは自分を作ること。

人の人生は自らが作り上げたもの。

 

生きるために必要なもの。

生きるために不必要なもの。

 

それらは活力に見合った持ち方をすることで、活力に変えられるが、不必要なものがあるからこそ自らの意識で正解を知る。

 

それらを煩悩と知ることで、手放すための千の手と千の目があることに気づき、一切を見逃すことなく手にするべきものを決める。

 

我はその指針。

 

選ぶことは難しい。

だが選ぶことが大切だと気づくことで、誰しも千の手と目を持つことができ、また元来持っていることを知る。

そうして皆生きている。

 

幾多の人々の心の中にある煩悩の精査を我がひとつの象徴とした姿で表し、気づきのひとつとして心のひとつとなるものとして住まっている。

 

また、人は一生のうちに【幾千】の物事を得るという証の姿が笑である。

 

ということでした✨

 

決めること

気づくこと

大切なのはわかるけど、意識がそこに向かうことが無ければわからないですね。

決めることも気づくことも全て自分で行うこと。

そこには欲やエゴがあり、意識の向上のために千手観音がいつも心の中にいるというお話。

 

意識って大事。

決める 気づくで生きているうちに手に入れる【幾千】を知れるよう心掛けようと思います✨






2022/02/23
【神様のお話】女神から聞いたお話  

『女神』とは、女性の姿を持つ神のことです。

日本神話では、伊弉冉尊(いざなみのみこと)を指します。

この他に、

ハトホル(エジプト)天空と愛の女神

アフロディーテ(イギリス)と同一視

イシス(エジプト)豊饒の女神

ガイア(ギリシャ)最古の大地の女神

イシュタル(古代メソポタミア・現イラク)

アフロディーテと同一視。

ヴァルザンディ(北欧神話)運命の女神 等

ここには上げきれないくらいの女神たちがたくさんいます。

 

そんな女神様たちの中から、アフロディーテ様から琴が聞いたお話✨

 

あなたたちの中に神はいます。

「信じる心」

「敬う心」

「褒める想い」

「認める心」

「愛おしむ心」

「労わりの心」

これらの心や想いが必ず

あなたたちの中にあります。

 

これが、あなた自身の内なる神の部分です。

 

優しさ

頼もしさ

力強さ

穏やかさ

清々しさ

聡明さ

正直

素直

広大さ

 

これらは皆の心の中にある『自分らしさ』

男女問わず、人が持つもの。

 

女神心は皆が持つもので、女だからあるものではなく、誰しもがある人間性。

これらを以て女神と称します。

 

女神だから優しいのではなく、心が大切です。

 

男性でも女神のような優しさがある。

女性でも男神のような力強さがある。

それはその人自身が持つ『人間性』

 

自分の心にある「本質」を見逃すことなく

存分に使うことで「本心」が現れます。

 

『心からの言葉』を相手に伝える。

これが『誠意』であり『思いやり』です。

 

あなたたちが持つ人間性を神は見ています。

内なる神の心に神は手を差し伸べます。

 

神が問いかける「心の声」

それはあなた自身の心の声でもあります。

 

逆らわず抗わず

素直に聞き入れ正直になることで

人は人を受け入れます。

 

あなたたちの心にいつでも暖かい日差しが差し

心がいつでも穏やかでありますように。

 

ということです✨

 

誠意と思いやり。

心からの言葉を伝える。

大切ですね❣️









2022/02/22
【土地浄化】土地浄化施術に来てくれた神様たち✨  

『七福神様』から始まり『弊串の神様』までの神様たちのお話✨

 

お話を聞かせてくれた神様や、お話は出来なかったけど物語として教えてくれたりと、総勢「40人(柱)」(正確には45人)の神様たちのお話を載せました。

 

この神様たちは、琴・皇子がお仕事でやっているお客様にご依頼頂いた、新築工事における『土地浄化等祈願祈祷施術』(正式には、「土地浄化浄霊除霊結界・厄祓い・昇華消滅・清浄化祈願祈祷施術」)に来て下さった神々のお話です。

 

お願いしたら来てくれる訳ではなく、数年に渡りご挨拶や呼ばれて向かった神社やお寺など、様々な場所に行き、人で言う「交流」を深めて来たからこその成果だと思います。

 

ご縁を頂いたお客様にもたくさんのご協力とご厚意をいただき実現したものです。

また、イベントでお知り合いになった方や来訪下さったお客様からのお話で出向いた場所への神々との出会いや、友人の経験談からヒントを得た場所へ訪れ出会った神々とのご縁が、今回の土地浄化施術に全て反映されています。

 

古来からの神々のお話とは少し違うところもあります。

あくまでも琴が神々から聞いたお話であり、正解かどうかは分かりません。

ですが、神を信じる気持ちと、琴・皇子の力を信じて下さったお客様の『信じる』想いが、今回の施術という形となっています。

 

『お家を建てたい!』というお客様の夢と希望、そしてご家族の幸せと繁栄のために、日本各地を飛び回り得た神々とのご縁をお仕事として反映させていただける機会に恵まれ、数々の関わった方々とご依頼くださったお客様には感謝しかありません。

 

琴・皇子の土地浄化施術には、その土地に必要な神様が来てくれます。

今回登場してくれた神様たちは、地鎮祭に合わせ集まってくれた神々です。

神社仏閣だけではなく、自然神や精霊・妖精など目に見えない存在が琴・皇子を支えてくれています。

 

ひとまず【土地浄化施術】に関わってくれた神々のお話はここまで✨

 

明日からは、また違う神様たちのお話✨






2022/02/21
【土地浄化】九十九神『弊束の神様』からのお話  

九十九神(つくもがみ)

日本に伝わる、長い年月を経た道具などに神や精霊などが宿ったもののこと。

 

九十九神とは、人をたぶらかすものや妖怪として、あまり良いイメージがありません。

 

ですが、今回の九十九神としてのお話の『弊串(へいぐし)の神様』は、人をたぶらかすものや妖怪ではありません。

 

上棟式に棟に上げる祝い柱、または束。

弊束とも呼ばれます。

この柱に根付き家や人を守ってくれる神様です。

 

そんな『弊串の神様』から琴が聞いたお話✨

 

我が呼ばれし場所は、特別の場。

我はいつでもどこにでも現れるわけではない。

そして、いつでもそこにあるものでも無く

いずれは地に還される。

しかしそれは、そこにあるもの、そこに住む者、そこから旅立つものに全て言えること。

生きとし生きる者の願いがひとつになる場と確かな思いに応えるために参る。

そして、我に選ばれし者がそこにいることを確認し今回は参った。

 

昨今。

新しいものを手にするだけで、我が手に入った瞬間に興味も存在も忘れ去られる。

お金をかければどんなものも手に入る。

お金をかければどんなものでも捨て去ることができる。

安易な考えで手にされた「もの」は『怪(もののけ)』となり、人災厄災の元になる。

それだけ、一瞬の思いは儚い。

しかし、時を繋ぎ、時を大事にし、その時を生きる者への思いにブレがなく、また執着することなく未来を見据え、守りし存在を忘れず大切にする、心からの想いに嘘偽りなき者の元には我のような神が宿る。

 

家とは塚。

そこで暮らしそこから旅立つ場。

神宿る塚はいつまでも守られ、その塚を守る者もまた守られる。

いつかは全てを地に還し、また新たな塚(家)を築くだろう。

今回のこの地に命預け、渡世を送る者は、何事にも弱音を吐くことなく辛苦を全うし、全て自らの力にすることを約束した。

そして、その約束は子に継がれ、その子もまた大切に育てゆく子に受け継ぐ思いを繋いでいくだろう。

 

ここは我にとって安住の地。

心地よい想いが流れ入るのがわかる。

住む者の想いが家を守る。

そしてその住む者の想いで家は生きていく。

住めば都という言葉があるが、我はそうではない。

我のいう都は『想い』が整っている場。

 

街が乱れていればどこにいても不安と恐怖の連続。

心に乱れを及ぼす環境は、住まうものの気持ちも守るべきものの中心が自分となり、負の結界を勝手に作り、居心地を悪くし災難を呼ぶ。

そのような環境に供えられた神は、悪霊怨念と共に妖怪にとって変わり、悪災を呼ぶ。

それはもはや神とは言えぬ存在になる。

そもそも神として供えられた輩は、すでに神の意識と姿を見よう見まねで寄ってきた九十九神。

そこに神は存在していなかったことになる。

 

今こうして我がいるということは、そこに住まう者の心意気に応えるため。

我を呼ぶための準備が為されていること。

そして、様々な神に愛されている証を見たこと。

これら条件を飲み、この地に足を運び下ろしている。

 

あとはこの地に住まう者たちの生き様と心意気を、これからゆっくり見せて頂く。

 

人に影響を及ぼす悪氣の範囲は知っておろう。

人の想念というものは知らぬうちに根付く。

度々訪れ悪しき欲念を取り払い、常に新たな生気を保つ環境を心掛けるが良い。

 

気を使うは『氣を遣(塚)う』に値する。

氣を塚(家)に与えるということ。

何かのために自らの思い・気持ちを込めて、心から動くこと。

その心意気、この地に住まうものに与えて欲しい。

さすれば、我も心穏やかに過ごせるだろう。

 

何事にもブレない芯がある主の元、この家もどんな災害にも耐えるものとなり、命を守るものとなろう。

 

ということです✨

 

いつも穏やかに過ごしていただきたい!

そして守り神として来てくれたことに感謝✨

ありがたい✨✨✨







2022/02/20
【土地浄化】『天照大神』からのお話  

『天照大神』は神の中ではかなり有名なお方ですね!

誰しもが一度は聞いたことがあるお名前。

日本の神様の象徴とも言えます。

太陽をはじめ、光 慈愛 真実などを象徴する最も尊い神様と言われており、皇室の祖先とされています。

日本で最も重要な神様のひとつとして、あらゆる願いを聞き届けるとし、所願成就の神様として知られています。

 

代表的神社は『伊勢神宮』

鎮座して2000年の歴史を誇り、内宮と外宮の正宮を中心に、全部で125社から構成される日本最大の神社。

20年に一度、正殿を建て替え神様の御神体を遷す(うつす)、「式年遷宮(しきねんせんぐう」があります。

 

そんな『天照大神』から琴が聞いたお話✨

 

皆の幸せを願い、そして自分の幸せとすること。

神も人も思いは同じ。

 

人と神は万里一体。

非常に遠い存在ですが、思いはひとつです。

それは、人の心と神はひとつということ。

 

神が幸せを思えば、人も幸せを願い

神が安泰を思えば、人は安泰です。

 

御心のままという言葉があります。

意に従い、意を汲み、意向を尊重し、意のまま思いを継ぎ、意に沿い思いのまま、仰せのままにという意味があります。

 

全ての尊厳は神にあり、その尊厳に対して自らを改め言う通りにすること。

 

尊敬・敬いの気持ちを「御心」として表現します。

 

神と人の心がひとつなのであれば、その「御心」はあなたにもあるのです。

 

自分の心に従い、自らの気持ち(意)を汲み、自分の考え(意向)を尊重し、考え(意)のまま思いを継ぎ、考えに沿い思いのまま、自らの心のまま行動する。

 

心に決めたままに行動すること。

これを『覚悟』と言います。

 

自分の心(御心)で決めたこと(覚悟)をする(行動)。

 

この思い(心)が、神と自分(人)をひとつ(一体)にします。

 

思いがひとつになること。

それは遠い存在とされる神と繋がること。

唯一、一体になる方法です。

 

そこには、邪念邪心は存在しません。

 

何が良くて、なにが悪いか。

それは自分が決めていることで、自分の考えのまま思い、言葉に出し行動で表します。

 

全ての人がそうして生きています。

その生き方考え方思い方の中に神は存在します。

神なる存在が魂だということ。

 

魂は神が定めたひとつの命であり、命を全うするために魂が宿る存在が人としてあるところに神はいます。

 

これが神と人が「ひとつ」ということ。

 

神を信じること。

それは自らを信じることと同等です。

神に願うこととは、「自分との約束」

 

神を尊いものとするなら、自らを認めること。

神を信じ、そして人を信じることは、自分を信じることです。

 

そこに、裏切りや否定、様々な野心邪念を感じることがあれば、それは自分にもあるもの。

ですが、人はそれらを「自分には無いもの」と否定します。

 

ならば「自分にもあるもの」とし、心に思うまま行動することで、裏切ることなく否定せず、様々な野心邪念を捨て、認めればよいこと。

 

神を信じ、人を信じる思いは、自分が持つ御心のまま、魂の生き様在り方全てです。

それが「命」として、自らを生かし生かされています。

 

我が身が神なる存在の一部から生まれたように、あなたたちも神に守られし存在。

 

自分を信じるということは、神を信じることに通じ、神を大切にするということは、自らを大切にするということ。

 

人は、人として我が身を守るのと同時に、相手のことも認め、その相手も守っています。

 

自分を大切にしている者こそ、相手の気持ちを大切にします。

 

守るということは大切にするということ。

 

寄り添う思いやりが、自らと相手を守り認め、互いの命を大切にします。

 

これが愛であり、大切にする相手がいることで感謝が生まれます。

 

命とは育むこと。

命を大切にすることは、自らと相手を守ること。

大切にしたい思いが仲間を増やし、その仲間から大切にされることで、自分を認め相手を認めることができ、守ることに繋がります。

これら全ては思いやり。

 

自らの幸せは「心」が知っています。

聡明でいつでも懸命。

そして思いやりの気持ちで寄り添う。

自らの心にある愛と感謝を信じ、命を育てなさい。

 

というお話でした✨

 

「はい。」











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